孤独とは
こんにちは。
#意識低い系社長です。
相変わらずわたしが住む街は人通りは少なく
おそらく5月からずっと、シャッターをおろしたままの店舗もある。
公園にはピクニック気分だけでも味わいたいのか、
家族連れがビニールシートを広げランチをしている。
わたしは
元々人とのコミュニケーションが苦手で、
基本的にインドア派なので、
自粛期間中もむしろ喜んで引きこもっていた。
見たかった映画や読みたかった本、
やりたかったプロジェクトやこのようなアプリもその一つだ。
ただこの時代の変化についていけない人たちの方が、
ついていけると自信を持って言える人たちより、
圧倒的多数なのではなかろうか。
時代が変われば、
産業構造や会社組織、家族形態、自分を取り巻く全てが変わる。
何かしらの形で。
ただ、世界から自分だけが取り残されたような
疎外感や圧倒的孤独を感じている人は多い。
そんなとき
SNSやzoomといったアプリの存在でかろうじて
他者との繋がりを感じている。
以前わたしはイイネ、やフォロワーなどいらない、
という話をした。
わたしはコミュニケーションを求めないからだ。
他者と交わりたいと思わない。繋がりを求める感情もない。
圧倒的孤独。
でもそれがわたしにとっては一番の癒やしであり、
孤独をリソースとした世界観や仕事観を持っている。
他者から見ればわたしの駄文や主張など、
世間知らずの無学なものに映るのかもしれない。
それは、確かにそうかもしれない。
でも、わたしは
わたし以上に孤独な人を知らない。
それが他者から憐憫の眼差しを向けられようとも、
孤独であることに自信を持っている。
なぜならば、
孤独であることは「自分の存在が孤独である」と
認識できることに意味があるからだ。
つまり言い換えれば、誰と比較して孤独であるか、
という話だ。
わたしは、自分が孤独だと思う人に、言いたい。
孤独であることで、
見えてくるもの、できること、が必ずある。
孤独であることから逃げてはいけない。
孤独だと思った自分をまず褒めよう。
きちんと自己を俯瞰し、
他者と比べて孤独だ、と感じられているのだから。